亡くなった人の医療費は控除できる?

亡くなった人(被相続人)が生前かかった医療費は、相続税の計算上控除できるのでしょうか?
ここでは、被相続人の医療費について説明します。

被相続人の医療費の取り扱いについては、被相続人が亡くなる前に支払ったものと、亡くなった後に支払ったものとで、大きく取り扱いが異なります。また、支払った時の原資がどこかでも大きく取り扱いが異なります。おおまかに分けると次のとおりです。

(1)亡くなる前に支払った場合
①準確定申告で被相続人の所得税から控除する「医療費控除」を適用する。
②世話をしていた等の生計を一にする親族が支払っていれば、その支払った親族の所得税の確定申告で「医療費控除」を適用する。

(2)亡くなった後に支払った場合
①相続税申告で「債務控除」を適用する。
②世話をしていた等の生計を一にする親族が支払っていれば、その支払った人の所得税の確定申告で「医療費控除」を適用する。
支払ったのは同じ「医療費」でも、「所得税」の医療費控除」と「相続税」の「債務控除」は、まったく別のものです。取り扱いだけでなく対象となる範囲なども大きく異なります。

それぞれの場合について、見ていきましょう。

目次

亡くなる前に支払った場合 ~所得税の医療費控除~

相続では、亡くなることを「相続が開始する」といいます。亡くなる前は「相続開始前」といいますが、生前=相続開始前に支払った医療費については、相続税の計算には影響しません。「所得税」の確定申告で「医療費控除」を受けられるかどうかの問題となります。
医療費控除は「医療費を支払った人」が、所得税の確定申告において控除を申請するものです。「医療費を支払った人」が亡くなった人(被相続人)本人であれば、被相続人本人の所得税から控除します。「医療費を支払った人」が、本人ではなく、同居して面倒を見ていた子や配偶者などの「生計を一にする”親族”」であれば、その支払った人の所得税から控除します(所得税基本通達73-1)。

(1)亡くなった人の「所得税の準確定申告」での医療費控除
亡くなった人の所得税の確定申告は、「準確定申告」といいます。通常の確定申告では、年間分をまとめて翌年の2月16日~3月15日までの期間に申告をしますが、亡くなった人の準確定申告は、「亡くなった年の1月1日から亡くなった日までの期間分」をまとめて、「亡くなった日の翌日から4か月以内」に行います。
準確定申告は、相続人のうちの1人や税理士等の専門家が実際に作成したとしても、申告自体は相続人全員が共同で行う(申告書に相続人全員の署名が入る)ことになります。
なお、医療費控除は、「現実に支払った医療費」が対象となっています。「未払い」となっている医療費は、医療費控除の対象とはなりません(所得税基本通達73-2)。医療費を支払うべき人が亡くなった人自身であったならば、医療費控除の適用ではなく、後述する「亡くなった後に支払った場合」の「相続税の債務控除」を適用することになります。

(2)「生計を一にする親族」の「所得税の確定申告」での医療費控除
前述したように「医療費を支払った人」が、亡くなった人本人ではなく、同居して面倒を見ていた子や配偶者などの「生計を一にする”親族”」であれば、その支払った人の所得税で医療費控除を適用します(所得税基本通達73-1)。
亡くなった人に充分な資力がないなどで、親族が面倒を見ているような場合です。この場合の面倒を見るというのは、同居して金銭面でも生活面でも面倒を見ていることに限りません。同居せずとも金銭面で援助(生活費や医療費の支払い・仕送りなど)していれば、「生計を一にしている」と捉えられます。
医療費控除は、実際に支払った年に受けられる控除です。確定申告をする年の年末時点で未払いとなっている医療費があれば、その年の確定申告では控除できません。その次の年に支払っていれば、次の年の確定申告で控除されます。

(3)「所得税の医療費控除」の注意点
①医療費控除の適用があるのは10万円を超えた分から(※)
医療費控除の適用があるのは、その期間の医療費の合計額が10万円を超える部分からです。期間の総医療費が11万円であれば、11万円-10万円の1万円が医療費控除の対象となります。準確定申告の場合は1年に満たない期間となることがほとんどですが、その場合でも10万円を超えた部分が控除対象となります。
生計を一にする親族が支払う場合では、その年ごとに10万円の下限があることも要注意です。例えば、亡くなった人の医療費の支払いが20万円だったとして、その年に20万円支払っていれば10万円の控除がありますが(20万円―10万円=10万円)、その年に10万円を支払ってその翌年に10万円を支払うと、その年とその翌年も医療費控除を受けることができなくなってしまいます。
(※)セルフメディケーション税制の対象となる医薬品等購入費に限っては12,000円を超えて10万円までの金額が限度となります。

② 医療費控除の上限は200万円(または総所得金額の5%)まで
医療費控除には上限も設けられています。10万円を超えて200万円が最高限度です。また、その人の総所得金額が200万円未満の場合には、総所得金額の5%が上限となります。

③差額ベッド代や松葉づえや車いすなどの医療器具購入費用、介護費用などは対象外の場合がある
入院時に、大部屋でなく個室を希望する場合など症状に関係なく個室に入った場合の差額ベッド代や、通常病院が無償で貸与すべきものと考えられる松葉づえや車いすを独自手配する等で生じるレンタル代や購入費用などは医療費控除の対象外です。医師に勧められたとしても「治療に不可欠」でなければ対象外となってしまいます。
ただし、これらの費用のすべてが医療費控除の対象外かというとそうでもありません。「医師の判断」によって個室に入ることが「治療に通常必要」とされる差額ベッド代、「医師の判断」によって「治療に必要」とされた松葉づえや車いすにかかる費用であれば、医療費控除の対象となります。
介護にかかる費用も「医療費控除」の対象となるものはかなり限定的です。介護施設への介護費の支払いで医療費控除の対象となる金額は、基本的に介護施設からの領収書に「医療費控除の対象となる金額」が記載されることになっており、それ以外の金額は医療費控除を受けられません。

④保険金等で補填される金額は除いて計算する必要がある
医療費控除できる医療費は、保険金等で補填される金額を差し引かなければならず、内容としては、入院や治療に対して生命保険会社から支払われる保険金や、健康保険からの高額療養費・家族療養費・出産育児一時金などです。
なお、相続発生時(亡くなった時)に未収の保険金や高額療養費などは、被相続人(亡くなった人)の相続財産に加算することになるため、未収の保険金や高額療養費などは、準確定申告での医療費控除の計算上でも、対象となる医療費から差し引かなくてはなりません。

亡くなった後に支払った場合 ~相続税の債務控除~

(1)相続税の債務控除
亡くなった人が負担すべき医療費や入院費を亡くなった日(相続開始の日)以後に支払った場合には、相続開始時点においては亡くなった人の「未払金債務」となります。そういった「相続開始時点における債務」は相続税の計算上「債務控除」として、相続財産から控除することができます。

(2) 医療費控除と異なる点
前述したとおり、「相続税の債務控除」は「所得税の医療費控除」とは全く別のものです。医療費控除の注意点として掲げたもののほとんどは「相続税の債務控除」とは関係ありません。

・下限金額…なし
・上限金額…なし
・差額ベッド代や医療物品購入費、介護費用…債務控除の対象となる

といった具合です。差額ベッド代や医療物品の購入費は治療に必要だったかどうかは関係ありませんし、介護費用についても医療費控除の対象かどうかは関係ありません。また、美容や予防にかかるものとして医療費控除の対象とはならないものでも債務控除の対象となります。債務控除は、相続開始時点で未払いかどうか、だけで判断します。
ただし、治療や入院に関する生命保険金や高額療養費などは、相続税でも大いに関係があります。

・治療や入院に関する生命保険金や高額療養費など…相続財産に未収入金として含める

医療費控除の場合と異なり、費用から減額するのではなく、相続財産に未収入金として加算します。

生計を一にする親族が亡くなった後に支払った場合 ~医療費控除~

亡くなった人に資力が充分にないなどで、「医療費を支払うべき人」が亡くなった人ではなく、生計を一にする親族である場合は、相続税の債務控除の対象とはなりません(そもそも相続税の申告が必要な人=それなりの財産がある人なので、相続税の申告上で債務控除に入れてしまうことは考えにくい)。
この場合は、亡くなる前に支払った場合と同様に、その医療費を支払った人の所得税の医療費控除の対象となります。注意点も全く同じです。そもそも、その医療費を支払うべき人が亡くなった人ではないので、相続税には全く影響しない、と理解すると分かりやすいでしょう。

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