今回は自社株対策について中小企業経営者が抱える課題と対処法を整理しました。解決のヒントになれば幸いです。
なぜ、自社株対策が必要なのか
事業承継で特に注意すべきものは、「資産の承継」にある自社株式の扱いです。自社株には本来の「経営権」としての側面と、相続税や贈与税のかかる「資産」としての側面があり、経営権にだけ注意して相続させると税額が多大になり、また逆に相続税の圧縮だけを考え後継者以外にも相続させると経営の意思決定に支障が出るからです。
株式の保有割合によって株主には権限が認められるので、自社株が複数の所有者に分散してしまうと特別決議を成立させることができなくなってしまうなど、重要な決定を下すことができず経営にも大きな影響が出ます。そのため事業承継においては後継者が自社株を一定数以上の取得をする必要があります。 また、会社の業績が良いことは経営の観点では非常に大事なことですが、事業承継という視点で見た場合、業績がよければ株価は高くなり、税額も高額になっていくため、後継者が自社株を購入する資金を準備しなくてはなりません。納税資金が準備できなければ、好業績の企業でも事業承継できず廃業となってしまう場合があります。
① 事業承継における4つの対策(親族内承継)
親族内承継をすると決めた場合、資産を承継するにあたって考えなければならないポイントは「株式の生前移転対策」「株価引下げ対策」「納税資金対策」「遺産分割対策」の4点です。
対策の種類 | 活用する対策手法の検討具体例 |
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【1】株式の生前移転対策 | 分散株式の集約 生前贈与の活用 種類株式の活用 金庫株の活用 従業員持株会の活用 持株会社の活用 |
【2】株価引下対策 | 役員退職金の支給 生命保険の活用 高収益部門の子会社化 賃貸不動産の購入 発行株式数の増加 配当金を下げる |
【3】納税資金対策 | 自己株式の取得 死亡退職金の支給 生命保険の活用 事業承継税制の活用 持株会社の活用 |
【4】遺産分割対策 | 遺言の作成 民事信託の活用 不動産売却、代償分割等 遺留分対策(民法特例) 生命保険の活用 |
各対策を行う上での主な留意点
株式・財産の分配においては、①後継者への自社株式、事業用資産の集中、②後継者以外の相続人への配慮、という2つの観点からの検討が必要です。現時点で既に株式が分散している場合には、可能な限り買取等を実施することが必要です。
①後継者への自社株式、事業用資産の集中
- 後継者が安定的に経営をしていくためには、後継者に自社株式や事業用資産を集中的に承継させることが重要です。(目安としては、株主総会で重要事項を決議するために必要な2/3以上の議決権です)
- 相続財産の占める割合が高い自社株式や事業用資産を承継させると、後継者の相続税負担が大きくなり得るため、専門家と相談して対策を実行しましょう
②後継者以外の相続人への配慮
- 生前贈与や遺言を用いる場合でも、後継者以外の相続人の遺留分による制限があります。
自社株式の生前贈与は、現経営者の生きている間に後継者へ株式が移転するため、後継者の地位が安定する点で有効です。ただし、以下の点について注意が必要です。
①遺留分等民法上の問題
- 遺留分とは、民法上、最低限保障されている相続人の取り分のことです。遺留分は先代経営者の意思に関係なく、相続人全員が確保できるため、計画的に財産を分配する必要があります。
- 令和元年7月より遺留分を侵害された者は、遺贈や贈与を受けた者に対して、遺留分侵害額に対する金銭の請求ができます。
②贈与税の課税制度の検討
- 贈与税には2つの課税制度(暦年課税制度・相続時精算課税制度)があります。家族構成や財産構成によって、どちらの課税制度が事業承継にとって有利であるか検討します。相続時精算課税制度を利用した場合の財産は、相続時ではなく贈与時の時価で評価されます。このため、相続財産である自社株式の価額が相続時に上昇していることが見込まれる場合には、相続時精算課税制度を利用した生前贈与が有効です。
会社法を活用して、後継者へ株式を集中させることや、株式の分散を防止することが可能です。定款に譲渡制限規定(株式の譲渡について、会社の承認を必要とする規定)を設けることで、会社にとって好ましくない者への株式譲渡を制限できます。その他、株式の分散防止対策として、議決権制限株式、拒否権付種類株式(黄金株)、相続人に対する売渡請求等の活用があります。
遺言書を作成することで、後継者に自社株式等を集中することが可能です。ただし、遺言はいつでも撤回できるため、生前贈与ほど後継者の地位は確実ではありません。(複数の遺言書が発見された場合には、最新の遺言書が優先されます。)また、遺留分の問題や遺言書の有効性をめぐるトラブルが起こることもあります。 公正証書遺言は、家庭裁判所の検認手続きの不要、形式不備等による無効になるおそれがないことから自筆証書遺言に比べて有効です。(自筆証書遺言については令和2年7月より法務局における保管制度も創設され、更に利用しやすくなりました。)
経営承継円滑化法には、自社株式の相続・贈与に係る税負担を猶予または免除する事業承継税制、遺留分の紛争に対する民法特例、事業承継に必要な資金を融資する金融支援、所在不明株主に関する会社法の特例があります。これらの制度について活用することができるかどうか専門家に相談するのがよいでしょう。